執着王子と聖なる姫

「愛斗は俺と君の息子だ。俺そっくりな顔と、君と同じ右目がその証じゃないか。それがどうして嫌なのか、俺には理解出来ない」
「もういいよ、メーシー。マリーが泣いてる」
「そうゆうわけにはいかない。ちょっと黙ってろ」

ピシャリとそう言われ、愛斗は俯いて唇を噛んだ。

幼い日、自分が右目を傷付けたあの日。あの日もこうして泣くマリーを、メーシーは酷く叱り付けていた。

「愛斗は君が産むって言ったんだ。俺は止めた。それでも、モデルのキャリア捨ててでも産みたいって言ったのは君だ。そうだろ?」
「…ええ」
「だったら愛してやれよ。愛斗って名前は、愛してるって意味のはずだ。愛せてないのは君じゃないか。愛斗のせいじゃない」
「ごめん…なさい」
「俺は愛斗を愛してる。君がそれを出来ないって言うなら離婚するってあの時も言ったよな?」
「…ええ」
「離婚するのか?」
「待って!ごめんなさい。もう言わない。言わないから許して!メーシーお願いよ!」

叫び声にも似たマリの泣き声に、愛斗は咄嗟に震える両手で莉良の耳を塞いだ。自分とてこんな言い争いは聞きたくない。けれども、原因は自分なのだ。それはそれで受け入れるしかない。

「あの頃はまだ小さかったから、傷が付いただけで済んだんだ。今やれば確実に愛斗は右目を失う。君はそれで満足か?」
「違うっ!そうじゃないの!」

立ち上がったマリを抱き締め、メーシーはゆっくりと背を上下に撫でる。頭を抱き、言い聞かせるように言った。

「俺はマリーの我が儘なら何だって聞いてきた。これからだってそうするつもりだ。でも、愛斗を傷付けることは許さない。勿論、莉良もセナちゃんも。わかったね?」
「わかってる。ごめんなさい、メーシー」
「わかればいいんだよ。I love you,Mary」

愛おしそうに目を細めたメーシーが泣き続けるマリのこめかみにそっと唇を寄せ、佐野夫妻の夫婦喧嘩は幕を下ろした。

「パパ…ママとdivorceするの?」
「ううん。しないよ」
「really?」
「俺はママを愛してるからね。勿論、レイもマナも愛してるよ」

すっかり気分の落ち着いたメーシーは、マリをベンチに座らせ、小さく震える愛斗の頭をギュッと抱いた。

「大丈夫。君は悪くない」
「ごめん…」
「君にはセナちゃんが居る。今まで足りなかった分、セナちゃんに埋めてもらえばいい。ごめんね、辛い思いさせて」
「メーシー…」
「俺は愛斗を愛してるよ。勿論、その右目も含めてね」

俯く顔を両手で挟んで上げさせ、メーシーはそっと愛斗の右目に口付けた。

これにて一件落着。
初めて両親のケンカを目の当たりにした莉良は、「やっぱりメーシーは怖い…」と改めて痛感した。
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