執着王子と聖なる姫
そもそもレベッカが愛斗に近付いたのは、メーシーが目当てだった。

愛斗がそれに気付いたのはこうして一緒に仕事をし始めてからなので、レベッカは愛斗よりも何枚も上手だ。

「アキちゃん、マリコ姫と上手くいってないの?」
「麻理子の話すんなって何回言ったらわかるわけ?相変わらずバカだな、志保は」

攻撃的なメーシーの言葉にも機嫌を損ねることなく、志保はにこにこと笑いながらお皿とスプーンを差し出す。それを黙って受け取り、メーシーはにっこりとレベッカに微笑みかけた。

「ここのことは誰にも秘密だよ、レベッカ。麻理子に知れたら大変だからね」
「じゃあ、私も秘密がほしいな」

押せ押せの二人に、志保からお皿を受け取った愛斗が軽くため息を吐く。こりゃもうダメだな。と、諦めた瞬間だった。

「秘密?」
「そう、秘密」

志保と二人でじっとその様子を眺めながら、愛斗は思う。出来れば息子の前ではないところで秘密を作ってほしい、と。そうしてもらわなければ、万が一のことがあった場合、完璧に共犯になってしまう。

けれども、狙ってわざとそうしているレベッカは、そんなことお構い無しにメーシーに数センチ擦り寄って甘い声を出した。

「私もアキって呼んでもいい?ここのマダムみたいに」
「あっ、そっち?愛人がどうとか言うんだと思った」
「マリコを愛してるでしょ?だから、名前だけ。ここでしか呼ばない。ね?二人だけの秘密」

四人居ますけどね。と、カレーを食べながら愛斗は思う。カウンターの向かい側に立つ志保は、何やら嬉しそうに口元に手を当てて笑っていた。

「何楽しそうにしてんだよ、志保」
「いやー、相変わらずアキちゃんはモテモテだなーと思って」
「当然だろ。俺を誰だと思ってんだよ」
「ふふっ。相変わらずだ」

ここに来ると、メーシーの素顔を見ることが出来る。それはとても貴重な瞬間で。初めて見た時はさすがの愛斗も驚いたけれど、それもそうか…と妙な安心感を覚えたことも否めない。

同時に、それをいとも簡単に引き出せる「志保」という女性に好感を抱いた。

「職場ではいつも通り?」
「勿論。大先輩だもん」
「学校でも?」
「講師の先生だから」

にっこりと笑うレベッカに、メーシーは「それもそれで寂しいな」と、不満げで。「さっさとケリつけろよ」と思いながら、愛斗は最後の一口を口に運んだ。

「おかわりあるよ?」
「んー。いいや。彼女が作ったの少し食べたし」
「愛斗君は彼女一筋?」
「さて。どうかな」
「ふふっ。さすがアキちゃんの息子だ」

優しげに笑う志保の姿が、家で見るメーシーの姿と重なって。ただの幼なじみではないとはわかっているのだけれど、つい数十分前の言い争いを思い出し、愛斗は言葉を呑み込む。深入りはトラブルの元、だ。
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