執着王子と聖なる姫
軽く20センチほど身長差のある二人のキスは、いつだって小さな聖奈が背伸びをすることで成り立つ。それでなければ、座るか寝転ぶかした愛斗に引き寄せられる形だ。

こうして愛斗が合わせることは、極々稀なことだった。

「kissすんのも面倒くせぇな、お前」
「それは…」
「お前じゃなきゃこんな面倒なことしねーよ。わかれよ、いい加減」

好きだ。愛してる。と、海外育ちのわりに愛斗は滅多に口にしない。抱かれている時でさえ、本当に自分でいいのかと不安になることがある。

けれど、こうして自分に合わせてくれている時は、「愛されているのだ」と何の不安も無く感じることが出来た。

「聖奈、今日のメシ何?」
「今日は…」
「まさか無いとか言うなよ?明日の弁当も無くなるじゃねーか」
「え?」

確か、昼の時点では「もう要らない」と言っていたはずだ。首を傾げる聖奈の額をピンッと弾き、思考を読んだ愛斗は手を引いて再び歩き始めた。

「俺はもう持って来なくていいって言ったの。要らねーなんて一言も言ってない」
「じゃあ…」
「わざわざ朝作んなくても、夕飯の残りでいいよ。あっ、マリーのはゴメンだからな」
「じゃあ…それはメーシーのお弁当にします。責任を取ってもらいましょう」
「それはいい案だな」

月の灯りに照らされた愛斗の横顔を見上げ、聖奈は握る手にギュッと力を込めた。そして、柔らかな鈴のような声を静寂の中に響かせる。

「愛斗、大好きです」
「は?知ってる」
「愛してます」
「それも知ってる」
「ならいいです」

満足げに笑う聖奈の肩を抱き、愛斗は歩幅を合わせる。これもまた、言葉が足らない愛斗なりの愛情表現の一つだった。

「帰って取り敢えず風呂だな」
「ご飯は?」
「いいよ。お前で腹一杯にするから」

家まで後数メートル。
長い一日だった…と、愛斗は空を見上げた。
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