執着王子と聖なる姫

「皆はさ、そんなちーちゃんのために秘密にしたんだよ」
「ちさのため？」
「そう。だってさ、過去は変えられないから」
「過去…」

一つ一つ、愛斗の言葉を噛み締めるように千彩は反芻する。今までのようにわからないからではなく、自分の中に留め置くために。

自分が他の人より遅れているということは、千彩自身が一番よくわかっていた。皆が話していることの意味がわからなくて、聞き返してはよく会話を中断させた。幼い聖奈の方が話を理解していて、後から説明してもらうことも多かった。

今でもその癖は直っていないけれど、「昔よりはお利口になった」と千彩自身も思っている。

「過ぎた時間は戻せないから、やり直しは出来ないんだ。わかる？」
「うん」
「ちーちゃんと出会うまでにもハルさんの人生があって、その中で恋をしたり、別れたりもした」
「うん」
「でも、それが無きゃちーちゃんと出会った時のハルさんはいない」
「うん」
「変えられないものだから、ちーちゃんには話さなかったんだよ。ちーちゃんが悲しい思いをしないように」
「ちさのため？」
「変えられない過去より、一緒に変えられる未来の方がいいと思わない？」

過去と未来

まさかそんな風に千彩を諭すと思っていなかったアラフィフ三人は、それぞれに驚きの表情を浮かべていた。

「ハルさんの過去は手に入らないけど、これからの未来は全部ちーちゃんの手に入る」
「全部？」
「そう、全部。だったらそっちの方がいいと思わない？」
「思う！」
「じゃ、もう怒らない？お腹のbabyが可哀相だよ」
「うん！」

嬉しそうに頷いた千彩だけれど、ふと三人に視線を向けて瞬時にその表情を崩した。

「ごめんね、みんな」

眉尻を下げて申し訳なさそうにする千彩に、遠慮気味に晴人が手を伸ばす。

「黙っててごめんな？」
「ううん」

フルフルと首を振る千彩の腕に抱き、膝立ちのままの晴人がニヤリと笑う愛斗を見上げる。

「貸しっすよ」
「何でも好きなもん言え」
「だって。セナ、何が欲しい？」
「え？何でも買ってくれるんですか？」
「らしいぞ」

チラリと両親に視線を向けると、メーシーは苦々しい表情ながらも頷き、マリに至っては「さすがメーシーの息子！」と言わんばかりにキラキラと目を輝かせてコクコクと頷いている。

「事が事だから、結構な物買ってもらえるぞ。部屋でも借りてもらうか？」
「いいんですか！？」

目を輝かせる聖奈に、晴人は渋々頷く。同じくメーシーも、嬉しそうなマリも頷いた。