執着王子と聖なる姫
「いいなぁ、若いって。いい部屋見つかった?」
「あぁ、はい」
「いつ引っ越すの?」
「夏休み中には。俺の仕事の都合もあるんで」
「よく働くね、学生なのに」
「学生だからっすよ」

そのままJAGに就職するつもりの愛斗にとって、今は言わば「研修期間」で。仕事として様々なデザインをやらせてもらいながら、専門学校では教えてもらえない実戦向きの技術を学んでいる。

「俺ね、元々はhight school卒業したら、妹連れて家を出ようって思ってたんですよ」
「そうなの?」
「うちの両親はきっと二人の方がいいだろうし、俺も妹も家に居るのがあんまり好きじゃなかったんで」

日本に来るまでは、確かにそう思っていた。

「日本来て色々わかることや知ったことがあって、やっぱ家族っていいなって思ったんですよ」
「へぇ。大人ね」
「うちには大きな子供がいますからね。俺がメーシー助けてやんないと」

親だからだとか、育ててもらった恩だとか、勿論そんなものもあるけれど、それ以上に愛斗にとってメーシーは人として尊敬出来る人物で。父親としてもそうだし、男としてもメーシーのようになりたいと思っている。

「アキちゃん、浮気する気なんてなかったと思うよ」
「え!?メーシーが浮気!?」

志保の言葉に、大人しく話を聞いていた聖奈が大きな反応を示す。

昨日の今日だ。大人達はいったいどうなってるんだ!と、口を突いて出そうになる言葉を、聖奈は無理やり呑み込んだ。

「何だかんだ言って、メーシーはマリーのことしか考えてませんからね」
「アキちゃんにとったらさ、マリコ姫は自分の憧れなんだよ」
「憧れ?」
「ずっと自分を押し殺して、外面作って生活してきた人だからね。マリコ姫みたいに自分を曝け出せる人にずっと憧れてたんだと思うよ」

傍目に見れば、あの夫婦は「愛妻家の夫がわがまま放題の妻に振り回されている夫婦」に思えるだろう。けれど、実際はそうではない。

「あんな夫婦になれるといいなって思ってます。あっ、こいつの両親もすげー良い夫婦ですけどね」

愛斗の言葉に、モヤモヤと聖奈の心に留まっていた靄がスッと晴れた。

自分と同じように思ってくれている。小難しいことを考えているようで千彩に似て単純な聖奈は、それだけで満足なのだ。

「いつ結婚するの?」
「ドレスが仕上がったら、式だけ挙げようかなって」
「そうなんですか?」
「あれ?言ってなかったっけ」

驚く聖奈の手を取り、愛斗はそっと甲に口づけてじっと黒目がちの猫目を見つめた。


「うちの両親や、聖奈の両親みたいなバカ夫婦になろう」


柔らかな愛斗の声音に、聖奈は鈴を鳴らすような優しい声で応える。


「あの人達よりもバカな夫婦になってやりましょう」


そんなバカップルを前に、志保は「一件落着だね」と優しげな笑みを見せた。
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