執着王子と聖なる姫
「今度は誰デスカー?今ワタシは忙しいデスヨ」

零れ落ちるギリギリのところで涙を止め、ギュッと唇を噛んだレベッカの頭をそっと撫でる人物。何も言わず、ただゆっくりと頭を撫でるだけ。その優しさに、レベッカの涙腺は「もう限界だ!」と訴えていた。

「どないした、ベッキー」
「どうもしないデース」
「説得力無いなぁ、そんな声で言われても」

震える声で応えたレベッカの肩を抱いたのは、ランチから戻ってきたメーシーの様子を訝しんだ晴人だった。

「メーシーと何があったんや」
「何もないって言ったデス」

限界を超えたレベッカの涙腺が、大量の涙を溢れ出させる。

止めようとすればするほどそれは勢いを増していき、為す術も無くただじっと目を瞑って唇を噛み、レベッカはどうにか嗚咽を漏らすことだけは堪えた。

「俺とマリな、俺がまだ嫁さんと知り合う前に付き合うてたんや。でも、そのずっと前からマリはメーシーと付き合うてた」
「・・・」
「俺がそれを知ったんは、嫁さんと知り合うて、プロポーズして、あの二人が結婚した後やった」
「何が…言いたいデスカ」

晴人の腕の中に納まったまま、レベッカは小さくか細い声を押し出す。噛み締めていた唇からは、じんわりと鉄の味がした。

「俺らのことを、メーシーは知ってた。でも、何も言わんかった」
「知って…た」

それを聞かされても尚、レベッカの心はメーシーから離れてはくれなくて。どうにかしたいと思えど、ただただメーシーを想い続けてきたレベッカの心は、泣いても喚いてもどうにもなりそうもなかった。

「MEIJIは…私の初恋の人だったの」
「お前…」
「いつかMEIJIに会いに日本に来るために、一生懸命勉強したわ。日本語も、この仕事のことも。チャンスが巡って来て日本に来れたから、いつかマリコから奪ってやろうと思ってた」
「そっか」

涙を流しながら必死に上を向くレベッカの言葉を、晴人は咎めなかった。

「でも、無理ね。私はマリコにはなれない」
「せやな」
「好きだったの、ずっと。出会った日からずっと」
「一目惚れ…っちゅうやつやな。俺もせやったわ」
「ハルトも?」

晴人がかなりの愛妻家で、その妻が千彩であることはレベッカも知っている。
とても可愛らしい女性で、晴人は勿論のこと、メーシーや恵介、愛斗までもが大切にしている女性。

「出会って一週間で、嫁さんの父親に結婚させてくれ言うたんや。しかも、その時あいつはまだ17やった」
「…ロリコン?」
「それなぁ、皆に言われたわ。恵介にも、メーシーにも、マリにもな」
「だって…」

そう言われても否定は出来ないはずだ。と、すっかり涙の止まってしまったレベッカは、座り直して短くなったブロンドをゆっくりと掻き上げた。
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