執着王子と聖なる姫
「何だよ」
「ん?」
「見過ぎだ、俺の顔」
「んん?」

頬を撫ぜ、くしゃりと髪を触る綺麗な人。思わず胸が高鳴る。残念なことに、相手は母親だけれど。

「ホントにメーシーそっくり!」

そこかよ!と、ツッコむ間も与えられなかった。飛びついて来たかと思えばちゅっと唇に母の真っ赤なそれが触れ、教室が再びざわつく。いや、ざわついたどころでは済まない。これは大問題だ。

「…バカだろ、お前」
「my love!my baby!」
「わかった。わーかったからもう帰れって!」
「もうっ!今日は遅くなるからね?」

再び口付けようとした母の額を押し返し、力一杯ガードする。が、たった一言に負けてしまった。残念ながら。


「I love you,Manato」


むちゅっと頬にグロスが押し付けられ、母はそのままご機嫌に去って行った。

それと同時に、バタバタと足音を響かせて近付いて来たクラスメイトが、興奮気味に拳を握る。

「佐野っ!あの綺麗な人誰だよ!」
「彼女か!?」
「あぁ、いや…」
「いいなー。紹介してくれよ!友達でもいいから!」

バカを言うな。あれはうちの母親で、確かに綺麗だけれど、それは否定しないけれど、色んなところが残念な生き物で…とにかく紹介出来るような奴ではない。

べったりと頬に付いたグロスを拭きながら、クラスメイトのあまりのはしゃぎぶりに嘆息する。

「てか、もっと色々話聞かせてくれよ!」
「昼メシ一緒に食おうぜ!」
「あっ…あぁ」
「良かったね、佐野君。友達出来て」

べたりと机に身を預けたまま、唯一真相を知る人物が笑った。

真実を語らないのは、優しさだと思いたい。あんな痛い母親を持つ哀れな息子への優しさだと。

おかげで、俺は一躍時の人となった。おかげさまで。
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