甘い誓いのくちづけを
ラウンジに流れるクラシックを裂いた声がいつもよりも冷たく感じたのは、まだ憂鬱な気持ちを拭い切れていないあたしの気のせいだろうか。


だけど…


そうじゃないと、すぐにわかった。


「……結婚、やめないか?」


言い難そうに切り出されたのは、思いもよらない提案。


「え……?」


突然過ぎるそれを理解するまでに、数秒を要した。


「どう、して……?」


文博に向けた声が、ほんの少しだけ震える。


思わず左手の薬指に収まるリングに右手を伸ばし、隠すように触れた。


突然こんな事を提案した文博がやめたいのは、果たして結婚だけなのか…。


それとも、あたしとの関係そのものなのか…。


目の前の文博を見れば、その答えは自(オノ)ずとわかってしまった。


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