千尋くん、千尋くん
わがままでいたい
結局その日は熾音さんとだけ話をして、千尋くんには逢わずに帰った。
大丈夫と言ったけれど、話し込んだせいでさらに遅くなってしまったこともあり、帰りは熾音さんがそのまま車で送ってくれた。
あたしの家まで約十数分の道のりを、あたしも熾音さんもお互い何も言わずに進んでいく。
ボーッとする耳に入ってくるのは、車のエンジン音と時折ペダルを踏み込む熾音さんの足音。
そのモヤモヤした形のない空間のなかで、あたしはただただ黙っていた。
泣くこともなかったし、何かを考えることもなかった。
唯一覚えているのは、車を発進させる時に見えた、千尋くんの部屋の明かりだけ。
きっとあの部屋の中で、あたしの大好きなその人は静かに頭を抱えているのだろう。