レンタル彼氏 Ⅰ【完結】
「………痛かったでしょう……」


人なんか殴ったの、人生で初めてだ。
殴った右手が、じんじんして痺れてる。

そんなことにも気付かないぐらいに、あの男に憤怒していた。


母親はタオルを水で濡らすと、俺の右手に当てた。

「……大丈夫よ、伊織。
母さん、慣れてるから」

眉を下げて、笑う母親は切なかった。

「…紀子さん」

呟く俺ににっこりと笑いかけると、無理に明るく振る舞った。


「ほら、明日も早いから寝なさいっ」


「………」


何も、言わない。

母親はきっと、俺が聞かなきゃ何も言わない。



「……何で…お金渡したんだよ」


「…え?」


「あいつ、女んとこにいんだろ!?いらないじゃねえか!」


気付いたら、声を荒げていて。
そんな俺にも、母親はにっこりと笑って。


「しょうがないのよ」


そう、言った。
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