スノードロップ
ふと思い出の中の兄が、醜く顔を歪めた。
あの男にスノウが肌を触れられた瞬間だった。大きな目にいっぱいの涙をため、けれど大人数の男に身体の自由を奪われた兄がスノウを助けることなどできはしなかった。
スノウは唇を噛み、思いを振り切るように視線を窓の外から再び室内に戻した。
机の上には冷めた食事が置かれたままだ。
部屋に運ばれてきたときから、なにひとつかわりない食事。スプーンの配置から、皿の中にある野菜の場所も、どれも動いていない。ただひとつだけ変化があるとすれば、牛乳のスープに膜が張ったくらいだろう。切られていない林檎の隣に置いてあるナイフの輝きも――
スノウの目に躊躇いつつも、光がともった。
のろりとした動作でナイフに近づき、細く骨ばった指が伸びる。
兄と暮らしていた頃は、ナイフよりも大きな包丁を握ったことだってあった。重いなんて感じたことはないというのに、今スノウが手にしているナイフは小ぶりなのにすごく重たく感じた。
ナイフをゆっくりと自分の左手に向けて動かす。白い肌に、くっきりと浮かんだ血管。もともと細い腕ではあったが、今では枝のようになってしまった。自分から食事を拒絶した結果だ。後悔はないが、もし今の姿を兄が見たら悲しむだろうかと想像すると、なんだか心に鉛の塊が落ちたような気分だった。
静かにナイフを引く。
鋭い痛みが脳天から走り、腕に赤い珠が浮かび――
「――駄目だ!」
声に驚いたスノウは、ナイフを滑らせ床に落とした。
細い右手を、あの男が力強く握っている。指がかすかに震えている。