太陽には届かない
しばらくそうしていただろうか。

気まずい沈黙の中、陽菜が良平を見ると、やはりシートにもたれかかり、憂いを含んだ目で、遠くのほうをぼんやりと眺めていた。

良平に愛されていた彼女。陽菜は名前も顔も知らない。

そんな良平に愛されながらも浮気をする彼女。陽菜にはとても考えられない。

そして、彼女を愛していた良平。きっと愛していたから、二人の関係を続けられるよう、人知れず努力していたのだろう。

陽菜はそんな良平に、心から同情した。その頭に手を伸ばすと、ポンポンと2~3回叩き、“元気出してね…”と励ました。

泰之が陽菜にそうしてくれるように。

良平はハッとした顔をすると、陽菜を正面から見据える。

良平のその顔があまりに幼く見えたので、陽菜は子供を慰めるように優しく笑う。

すると、良平の顔が少しずつ近づいてくる。

時間にしてみればほんの数秒のことなのだろう。それでも陽菜には、良平の動きがスローモーションのように感じられる。

途端に陽菜の頭の中に、危険信号が激しく点滅しだす。


-踏み入れたらダメ!!


その言葉は、体の奥深く、細胞の中にある染色体よりもっと深く…それを本能というのだろうか。とにかく、陽菜の体の奥深くから、体中に大きく響いていた。


次の瞬間、良平の唇は、陽菜の唇にそっと触れ、ほんの一瞬前に叫んだ細胞が、シン…と静まり返る。

そこにあるのは、静寂と良平のぬくもり、そしてもう打ち勝つ事の出来ない欲望だけだった。

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