太陽には届かない
洗濯物を干し終わると、クローゼットの中から何着か洋服を出し、ファッションショーを始める。

オシャレして来いって…まるでウン十年前の亭主関白デートじゃあるまいし…と思いながらも、ホテルのラウンジや高級料理店での食事をご馳走すると言われたら困るなと勝手に想像し、もう2~3着、クローゼットから引っ張り出す。

何着か試着しているうちに段々とめんどくさくなった陽菜は、“吉田に限って、そんな気の利いたところに行くわけない、せいぜい居酒屋だな”と再び思い直して、どちらかというとカジュアルな、グレーのワンピースを選んだ。

めずらしく念入りに化粧をし、髪の毛を纏め上げると、鏡の中に移った姿が自分のものではないように思える。

良平や泰之と出かけるときでも、こんな風にめかしこんでいった事はあまりない。

土曜の特捜番組が始まる。ちょうど1時だ。もうすぐ吉田が迎えに来る頃だろう。

陽菜は普段使っているビジネス用のバックの中から、手帳と財布を抜き取ると、プライベート用の白のカバンに詰め替える。そして、化粧台の上から、リップクリームとコンパクトミラーだけを取って入れると、携帯と鍵を持って外へ出た。

アパートのエントランスに日陰を探して立つ。

10分ほど遅れて、吉田が車を横付けする。窓を開けると“悪ぃ、遅れた”と悪びれる様子もなく陽菜にも助手席に乗るようにと促す。


『アンタ…ほんと今日はどうかしてるわ。』


陽菜はやはりブツクサ言いながらも、吉田の車に乗り込む。吉田の車はグレーのフィットだ。
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