触れないキス

悲しみの人魚姫



「……あ、降ってきちゃった」


6月下旬の放課後、美術室の窓から空を見上げた私はぽつりと呟いた。

外はいつの間にか薄暗くなっていて、サーッと地面を濡らす雨音が徐々に大きくなっていく。


「今のうちに帰ったら? 雨強くなるかもよ」


いつもの定位置に座り、同じように雨雲を見上げるそらが言ったけれど、私は首を横に振る。


「私、傘持ってないの!」


……咄嗟についた嘘だった。

傘はちゃんと下駄箱の傘立ての中で私を待っている。

だって、ポスター描きを口実に残れるのは今日で最後なんだもん……。


提出期限は今週末。もうほぼ完成してるし、いい加減出さなきゃいけない。

通信手段すらない私達は、次いつ会えるかわからないし……。

そう思ったらまだ一緒にいたくて、つい嘘をついてしまった。


「通り雨みたいだし、ちょっと待ってれば止むかも」


……なんて言っちゃったけど、絶対迷惑だよね?

不安が過ぎって恐る恐るそらを見やると、彼は無表情のまま静かに筆を置く。

うぅ、何を考えているのかまったく読めない!

< 52 / 134 >

この作品をシェア

pagetop