触れないキス
悲しみの人魚姫
「……あ、降ってきちゃった」
6月下旬の放課後、美術室の窓から空を見上げた私はぽつりと呟いた。
外はいつの間にか薄暗くなっていて、サーッと地面を濡らす雨音が徐々に大きくなっていく。
「今のうちに帰ったら? 雨強くなるかもよ」
いつもの定位置に座り、同じように雨雲を見上げるそらが言ったけれど、私は首を横に振る。
「私、傘持ってないの!」
……咄嗟についた嘘だった。
傘はちゃんと下駄箱の傘立ての中で私を待っている。
だって、ポスター描きを口実に残れるのは今日で最後なんだもん……。
提出期限は今週末。もうほぼ完成してるし、いい加減出さなきゃいけない。
通信手段すらない私達は、次いつ会えるかわからないし……。
そう思ったらまだ一緒にいたくて、つい嘘をついてしまった。
「通り雨みたいだし、ちょっと待ってれば止むかも」
……なんて言っちゃったけど、絶対迷惑だよね?
不安が過ぎって恐る恐るそらを見やると、彼は無表情のまま静かに筆を置く。
うぅ、何を考えているのかまったく読めない!