触れないキス
「……ねぇ、そらの家はどの辺なの?」


ゆっくり歩きながら、私はぽつりぽつりとそらに質問をした。

少しでもいいからそらのことを知りたくて。

躊躇うような素振りを見せた彼に、やっぱり教えてはくれないかな……と半ば諦めていると。


「……海が見える公園のそば」

と、答えてくれた。

私達は比較的海に近い場所に住んでいるものの、この辺りから海を見渡すことは出来ない。

見るとしたら山か小高い丘の上にでも上らないといけないから、海が見える公園というと思い当たるのは一カ所だけ。


「そっか……あんな所に住んでるんだ。ちょっと大変だね?」


その公園は昔行ったことがあるけど、坂道が急だったことを覚えてる。

バス通学でもなきゃ大変だよなぁ、なんてぼんやり思いながら言った。

すると、そらは話を逸らすようにまったく違うことを言い出す。


「……あの海、ある映画のモデルになった場所だって知ってる?」

「え、そうなの!? 知らない。何の映画?」

「人魚姫をモチーフにした邦画」


──“人魚姫”

そのフレーズにドクンと胸が波打って、私はそらを見上げた。

また……重なってしまう。

病院でたくさんの本の話をした、あの穏やかな時間と、柚くんの笑顔と──。

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