触れないキス
「人魚姫をモチーフにした作品は日本にもいくつかある。そのうちの一つの映画で、この場所を訪れた監督が気に入って使ったらしい」


「かなり昔の映画だけど」と、そらは付け加えた。

この話は初めて聞いたけれど、それにしてもそらと柚くんは共通点が多過ぎる。

一体どうして──?


そんな私の想いなんて知るはずもないそらは、珍しく饒舌に話を続ける。


「人魚姫はお姫様になって、王子様と結婚して幸せになる。日本の映画でも、最後に二人は結ばれるんだ。──でも」


“本当はそんなハッピーエンドな話じゃない”

昔、柚くんが話したことと同じことを言う彼に、心臓がドクンと重い音を奏でた。


そこから先は、柚くんも話してくれなかった。

踏み込んではいけないとさえ思っていた領域。


「……知りたい? 本当の結末」


それを、今そらが教えてくれるの──?


気が付くと、私達はお互いに足を止めていた。

そらを見上げると、やっぱりそこに笑みはなくて。

もう慣れたはずの無表情さが、何故だか少し怖く感じた。

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