触れないキス
「待って!」


呼び止めると、そらは再び足を止め、少しだけこっちを振り返った。

その瞳は、やっぱりどこか悲しげな色が浮かんでいるように見える。


「そら……何か辛いこととか抱えてるの? もし、私に出来ることがあれば力になるよ。話聞くだけでも──」


そう訴えるものの、私の言葉を最後まで聞かずに、彼はまた踵を返す。


「そら!」


いてもたってもいられなくなった私は、先を行くそらに駆け寄り、もう一度引き留めようと彼に手を伸ばした。

──その瞬間。


「来るな!」


初めて聞く、怒号のようなそらの声が闇を切り裂いた。

彼に触れようとした直前で、私はビクッと手を引っ込める。


「俺に触るな」


振り向いたそらは、険しい表情で私を睨み、そう吐き捨てた。


「ど、うして──」


喉の奥から絞り出した声は震えていた。

身をすくめたまま動けない私に、彼は表情を変えずに言い放つ。


「あんたに出来ることなんて、何もないよ」

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