触れないキス
凛は自分の気持ちを隠して、私達に気を遣って無理に明るく振る舞おうとしている。

私は誤解を解きたいのに、反論する間も与えてくれないことに少しイライラし始めていた。


「ちょっと凛! いい加減──」


私の話も聞いてよ!

と言おうとした時、凛は突拍子もないことを言い出した。


「あたしさ、瑛菜なら桜太のこと幸せにしてやれると思うんだ」


──は?

突然何を言い出すの!?

私は言葉を失って、ぽかんと口を開けたまま固まった。


「女子の前でいつもヘラヘラしてるナンパ野郎だけどさ! 瑛菜だったらアイツのことよく分かってるし」


一つだけ忘れ去られたボールが寂しそうに転がるテニスコート。

それを眺めながら言う凛は、口元には少し笑みを浮かべながらも苦しそうな表情を隠せないでいる。

私はそんな凛の横顔を黙って見つめていた。


「すぐ人のことからかうし、あー言えばこー言うし、ほんっとバカで憎たらしい男なんだけど!」


「だけど……」と、突然彼女の声が弱々しくなる。

< 83 / 134 >

この作品をシェア

pagetop