君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。
七時前にはバイトを上がる事が出来た。
外は既に暗くなっている。
いつの間にか雪はやみ、シンと静まり返った夜道を歩く。

「暗いから送ってあげたいんだけど…、まだ上がれないんだ。」と申し訳なさそうな藤原さんに、丁寧に断りを入れた。

「でも外は暗いし、危ないよなぁ。」と、心配そうな藤原さんに私は言う。

「あれ以上に、危ない事なんてありません。」

一瞬の沈黙の後、二人して笑う。
私と藤原さんにだけ通じる暗号の様な物だ。
こうあいて、「あの事件」でさえ、笑える様になったのだ。

一人で歩く夜道。怖くは無かった。
離れる事は無い夜と月が寄り添い、力強く、私を包んでいる。
今ならどんなに遠い場所に居ても、彼の鼓動を感じる事が出来た。
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