君が見上げたあの空は
鍵が開く音。



「歩美さん。ただいま」



愛歌の声に、身体が強張る。

足音が近付き、止まる。



「歩美さん」



歩美は、振り返ることが出来なかった。

口からは、ただ息が漏れるだけで、愛歌の声に応えることも出来なかった。





不意に、背中に暖かな感覚。

愛歌の腕が伸び、包丁を持つ手が包まれる。



「歩美さん」



耳元で囁く愛歌に、やはり歩美は、応えられなかった。

代わりに、嗚咽が漏れた。





歩美の首筋に、暖かな水が落ちる。





愛歌は、静かに、涙していた。




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