深海の眠り姫 -no sleeping beauty-
「………私、海見に来たの初めてです」
二人で並んで、引いては寄せる波しぶきを見つめているときふと口をついて出た。
その一言に芦谷さんがこちらを向いたけど、私はかまわずに海を見続ける。
―――誰も連れていってくれる人なんていなかったし、大して興味もなかった。
…でも、今は違う。
こんなにも大きくて、こんなにも波の音が優しいなんて知らなかった。
「私、何も知らなかったんだなぁ…」
今まで生きてきて、何の面白味もない、何もない空っぽな自分。
海を見ていると、そんな自分に気がついてなんだか泣きたくなってしまった。
こんな自分、いつか愛想を尽かされるんじゃないかって、怖くなったんだ。