深海の眠り姫 -no sleeping beauty-
芦谷さんの登場にほっとした私のまなじりから涙が一粒落ちるのを、彼は見逃さなかった。
「あ、芦谷取締役!?………え、まさか…」
「そのまさかだよ、俺の女口説きやがって」
半澤さんをにらみつけながら腕を解放すると、彼は情けなくもそのまま一目散にその場から走り去っていく。
取り残された私の頭を乱暴に撫でると、芦谷さんは何も言わず私を連れ出した。
「あ、しやさ――…」
―――そのまま無言で歩いて、役員室までのエレベーターに乗り込んだとたん芦谷さんは私の顎に手をかける。
次の瞬間、呼吸をする暇もないくらいの熱い唇が私にかみついてきて、私は思わず目を見開いた。