深海の眠り姫 -no sleeping beauty-
まさか。
そう考えても事実は覆りそうもなかった。
なぜなら、今まであんなに眠れなかったのによりによってこの人のそばで眠ってしまったのだから。
「ん、………少しは顔色マシになったな」
そう言いながら私の頭を撫でる芦谷さん。
穏やかで、甘ったるい視線に私の頭は真っ白になってしまって。
「あ、あの、―――ご、ごめんなさい!」
私は勢いよく起きあがり、ベッドから抜け出すと玄関目指して駆け出した。
バッグを拾い上げ、無我夢中で玄関を飛び出したとき後ろから何か言う声がしたけど、もうかまっていられなくて。
偶然拾えたタクシーに乗って自分のアパートにたどり着いた私は、玄関で靴を脱ぐとへなへなとその場に崩れ落ちるのだった。