未恋 ~東京卒業物語~
覚悟を決めたあたしは、小さく息を吸い込むと“キュッ”と唇をかんで振り返り、静かに店員さんのほうに歩いていった。
「あ……あの、あたし……実は今朝、料理をしているときに包丁で指を切っちゃっただけで……別に……“人殺し”とかじゃ……」
「そうだろうと思いました。だから、俺、店長に“コレ”をもらいに行ったんです」
店員さんがあたしに何かを差し出した。
バンソウコウ……。
「へ…」
すっかり拍子抜けしてしまうあたし。
「俺も不器用で、よく指を切っちゃうから、多分そうじゃないか、って思ったんです。どうぞ、コレ使ってください」
「………」
あたしは一瞬ためらったけど、でも店員さんからバンソウコウを受け取った。
「あ、ありがとう…。あたし、てっきり……あなたが血のついお菓子の箱を見て、警察に通報しようとしてるんじゃないか、って……」
「ハハッ。人殺しがお菓子買わないでしょ♪」
店員さんは、そう言ってくったくない笑顔を見せてくれた。
あたしも“ホッ”として、ようやく安堵の笑みを浮かべることができた――――