愛★ヴォイス
アナタノ【声】ガ
***fetishism(フェティシズム)ーー(1)呪物(物神)崇拝。(2)異性の体の一部や身につけるもので性的快感を得ること。フェチ。***



受話器を片手に思わず恍惚の表情を浮かべている自分に気がついて、慌てて居住まいを正した。

「そうは言われましても、但し書きのない領収書については受理しないと決まっていますので」

『そこを何とかして欲しいから、こうして電話でお願いしてるんだよ。今回だけ!見逃して?』

この甘い声の持ち主はメディアコンテンツ事業部の峰岸課長だ。

本人に会えばたいした容姿の持ち主ではないのだが……

(いかんせんこの“声”がね……)

特に受話器を通して聞こえる彼の声はかなり私好みで、ついつい聞き入ってしまい、無駄なやり取りを引き延ばしてしまう。

『分かった。今回見逃してくれたら、ランチでもご馳走するよ。どう?ゆかりちゃん?』

「賄賂は受け取りません。この領収書は返却致しますので。では」

心を鬼にして電話を切った。

出来ることならあの声を録音して、自宅のマイヘッドフォンで聞き込みたいくらいだ。

更に今回はーー

(“ゆかり”って名前で呼ばれたーー!)

さすがシステム部の“純一”と呼ばれているだけのことはあって、いつの間にか私のこともフルネームで覚えているらしい。

しかし。

絶対に誤解しないで欲しいのは、私の狂喜乱舞の原因は、下の名前を課長に呼ばれたからではなく、下の名前を“好みの声で”呼ばれたからである。

課長自身にはこれっぽっちも興味はないし、ましてや恋心など微塵も抱いていない。

何を隠そう、私、真下紫(ました・ゆかり)は極度の声フェチなのだ。
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