愛★ヴォイス
「すみません、わざわざ休みの日に」


(ああっ……!)

耳を打つその生声に、思わずくらっと目眩がした。

この一週間会社で色々と冷やかされ、悩んだりもしたけれど、この声を聴くだけで何もかもがどうでも良くなってしまう。

「……大丈夫ですか?」

「あ・ああ!大丈夫です、大丈夫。ちょっと日差しが……どこか入りましょうか」

今ならまだ多少どこの店も空いているはずだしーーと、私は至極当然の流れで口にしたはずだった。

しかし

「すみません、真下さん。俺、この後稽古があるんで、とりあえずチケットの精算だけいいですか」

「え?」

顔をあげて彼を見遣ると、黒縁メガネの奥にはうっすらとしたクマ、そして顎のあたりにはヒゲが見え始めている。

そういえばメールで彼が夜勤明けだと書いていたことを思い出した。

「……あ……」

「それにあの……恥ずかしいんですけど、俺今給料日前であんま余裕なくて……本当、すみません」

そう言って深々と頭を下げる。

「ちょ、桐原さん、そんな……謝ることじゃないし……」

「いえ。休みの日にわざわざ自分の職場の近くまで来てもらって、お茶も奢れないなんて、本当、申し訳ないと思ってますから」

顔を上げた彼の目が、まっすぐに私を射抜いた。


「俺、本当にこんなヤツなんですよ、真下さん。それでもーーそれでもチケット買う気残ってますか?」

「……!」
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