愛★ヴォイス
お互いの仕事のこと。
桐原さんの事務所の先輩、多岐川さんの天然話。
WEBラジオの収録が新鮮だったこと。
野中部長と三田さんの関係に驚いたこと……などなど。



美味しい食事に、楽しい会話……何よりずっとずっと耳に届く大好きな声――。


私だけに向けられた、台詞ではない彼の言葉の波に、すっかり酔っぱらっていた。



桐原さんはと言えば、ボトルを空けても顔色一つ変えずに


「やべー、美味い、すげー」


などと言葉にならない形容で無邪気に高級肉を頬張っていて。


彼の喜ぶ顔がもっと見たいと思った私はウェイターに勧められるまま、和牛に合うという日本酒を注文して……



それから――……それから……?



(……)


お酒で記憶を無くす経験なんて初めてで、本当に自分が信じられなかった。

それも桐原さんの声を独り占め出来る最初で最後のチャンスだったのに、調子に乗ってお酒をちゃんぽんして記憶を無くすだなんて――


(最低だ……)


泣こうと思っても泣けないと思ったら、喉がカラカラで、水を飲まなければとおそるおそる体を起こした。


ぐらぐらと揺れる視界には山と積まれた声優CDと厳選した音響機器、そして『過春』のパッケージが映っている。

改めて最悪の事態にならなかったことに胸をなで下ろした。

こんな趣味全開の部屋に男を招き入れるだなんて、たとえ記憶を失っていたって有り得ない。あってはいけない。
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