サクラに願いを
あたりは闇に包まれた。
天には、丸い月がひとつ浮かんでいた。

「桜の」

少しやんちゃな男の子の姿をした神様の声がした。
カワチのじいさんが、そこにいた。
小さな男の子の姿をして、カワチのじいさんがそこにいた。

「行くんですか?」
「うん。なんで、知ってるんだ?」
「私はこれでも土地神ですよ。お見通しです」
「そうか。戻ってこれねえかもしんね」
「大丈夫ですよ。すぐにまた、生まれ変わってここにきますよ」
「そなのか?」
「そうです。私が神様に頼みましたからね」

なんだよ、それとはオイラは笑った。

「カワチのじいさんだろ、神様は」
「私よりエラい神様もいるんですよ」

神様の世界も複雑なんですよ。
したり顔で笑うカワチのじいさんに、オイラはそうかと言ってまた笑い、生まれ変わって戻ってこれるなら、それならそれでいいなと、さばさばとした顔で言った。

「だって。桜のがいなくなったら、私も寂しいですからね」

まだ将棋の続きが残ってますよ。
笑うカワチのじいさんに、判ったよ、戻ってきたら、また続きをやろうとオイラも笑う。

「今度は、あの子と同じものに生まれてきなさい。そしたら、楽しいですよ」
「おお。楽しそうだな。神様に頼んでおいてくれ」
「それは無理ですね。そんなにいくつも頼めませんから。それは桜のが頼んでくださいよ」

ちぇっと、一言、そう言って。
オイラは丸い月を見つめた。

「じゃあな。行ってくるよ」
「しばしのお別れですね。では、また、いつか、ここで」
「うん。見送り、ありがとな」

行ってくる。
最後に一言そう告げて、オイラはありったけの力をこめて。





飛んだ。
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