サクラに願いを
父は先に戻るといって、山を降りていった。

‐おおおじぃ

私は、倒れた桜の木に、手を合わせるようにしている大叔父に呼びかけた。

‐あのね。オータが
‐オータ?

誰のことだいと尋ねる大叔父に、私は桜の神様だと教えた。

‐いなくなっちゃった。きのう、ここにいたのに
‐そうか。いなくなっちゃったか

大叔父はそう言って、また桜の木に手を合わせた。

‐あのね。オータ、いってたの
‐ないをだい?
‐ケンくんと、おばさんがげんきになるように、オイラがんばってくるよって

その言葉に、大叔父はまた倒れた桜を見つめて、何度も何度も頭を下げていた。

ありがとうございます。

小さな声で、何度も何度も、大叔父はそう繰り返した。


‐あのね。サクラのかみさまがね、ありがとうっていってって。たいじにしてくれてありがとうって。おだんご、おいしかったよって

伝えて欲しいと託された言葉を、私は意味もわからぬまま大叔父に伝えた。
神様は、もうあのとき、判っていたのだろう。
あれが別れになるのだと、判っていたから託したのだろう。


その夜。
祖母が亡くなった。
父が山から下りてほどなくて危篤の知らせが入り、私たちは大急ぎで祖母が入院している病院に駆けつけた。

まだ、かすかに息のあった祖母の手を私は握り、祖母の耳元で囁いた。


‐オータにあったよ
‐おばあちゃんのいってたとおり、かっこいい子だね
‐おばあちゃんのこと、おぼえてたよ


ヒソヒソとそんな内緒話をすると、少しだけ祖母を目を開き、笑ってくれた。
ような気がした。
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