ユビキリ。
5:アイニイク。
「真奈?」
声をかけられて、
私は振り返った。
「なんだ、お母さん。」
つっかけにエプロンの母は、
小さな花束を持っていた。
「なんだじゃないわよ。来てるなら声くらいかけてきなさいよね。」
母はそう言って、
私の後ろのアパートを見上げた。
「橋まで行くけど。」
母はそれだけ言った。
私があの橋に近づいていない事を知っているから。
私はポケットから煙草を引っ張り出すと、
火をつけた。
ゆっくり吸い込んで、吐き出す。
「一緒に行く。」
母は少し驚いたような表情をした後に、
頷いて微笑んだ。
歩き出した母の後ろを、ついて歩いた。
足が重いのを煙草で散らすように、
何度も煙を肺に送り込む。
橋までは、そう遠くない。
小学校の脇を抜けて、
大通り沿いを歩けばすぐだ。
5分くらいの距離なのに、
一本目の煙草を携帯灰皿で揉み消して、
二本目に火をつける。
翔は何て言うだろう。
煙草を吸い過ぎたら肺が病気になるって言って、
きっと私に禁煙を強要するに違いない。
翔は病気に敏感だった。
私がちょっと熱を出しただけで、
治るまで側にいるって学校を休むくらい。