あいりちゃんとの生活
 駅から徒歩1分とは書いてあったが、1分も歩かなかった。というか、物件の目の前が線路で、ひっきりなしに踏切がカンカンと音を立てる。外だから耳に障るのかと思えば、部屋の中にいても頭が割れそうなほどの音がした。ここで暮らせる人間は、果たしているのだろうか。
「楽器をやってらっしゃる方とか、夜しか家にいないという方とか……まあ、お家賃が安めですからねえ」
 なるほど、騒音を騒音と思わないような人種ということか。残念ながら、俺はそのどちらにも当てはまりそうにはない。内装もきれいだし、外装もそれなりだったのに、ちょっとここは住めそうになかった。それに、少し引っかかったのは「楽器をやってらっしゃる方」だ。踏切が動かない時間でも、今度は住人の楽器に悩まされる羽目になりそうだった。
「私は、ちょっと……どちらも」
「は?」
 俺がオッサンに話しかけたタイミングで踏切が鳴った。うるせえな、ホントに。
「ちょっと! この物件は! 無理そうです!!」
「ああ! そうですよねえ!!」
 会話もまともにできない部屋を紹介したのか。大体、そうですよねえ、って何だ。つくづく無能なオッサンだ、と思った。
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