ヒコーキ雲に乗って
「俺は思い出は心のアルバム派。だから今日もカメラ持ってきてないし。」

「そうなんや。何か意外。」

ようやく鼓動がおさまって来た事に安心しながらそう言うと、

「意外って何が。」

また少し笑いながら、だけど今度は正面をまっすぐに見つめたままで陽介が尋ねた。


「何か陽介って、思い出とかすっごく大事にしそうなタイプやと思ってたから、全ての瞬間を写真とかに収めてそうやなーって思ってた。」

「あーなるほどね。」

そう言うと、陽介は黙りこみ、もう一度空を見上げた。




「例えばさ」

しばらくの沈黙の後、陽介が突然口を開いた。

「うん。」

次の言葉を促すように、うなずく。


「あのヒコーキ雲を見て、香澄は今どう思ってる?」

予想もしない質問に一瞬動揺したが、さっき自分がこの雲を見て感じた気持ちを、そのまま言葉にしようと思い、

「真っ青な床に、真っ白いバージンロードが敷かれてあるみたいって思った。」

と言うと、陽介は驚いていた。


「お前、詩人みたいな事言うな。」

そしてまた笑い、続けた。

「こうやって、今日のこの日に俺がヒコーキ雲を見たっていう思い出は、お前が言った今の一言で一生忘れられへん思い出になるわけよ。わかる?」

「…何となくわかる様な、わからん様な。」

「お前が言う様に、思い出を形に残しておくっていうのも良い事やと思う。人間は忘れっぽい生き物やから、心のアルバムなんて都合の良い場面しか切り取られてない断片的な物になりかねへんし。」

「うん。」

「けど、ただヒコーキ雲を見たっていう思い出でも、その時誰かが隣りにいてくれるだけで、その人の存在を思い出すたびにヒコーキ雲が綺麗やった事も、そのヒコーキ雲を見ながらどんな話をしたのかも、その時自分が抱いた感情も思い出せるやろ。」

「うん。」

「だから俺には写真はいらんねん。常に誰かが隣りに、周りにいてくれるから。」
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