ヒコーキ雲に乗って
小さい頃から泣きたくなったらトイレに駆け込むクセは相変わらずだ。


一粒涙がこぼれ落ちたのをきっかけに、次々に流れてくる涙が自分のものなのかどうかさえわからない。

声を押し殺すのに、必死だった。


こうなって初めて気付く私は本当に愚か者だ。

もうこんなにも、陽介の事が好きになってしまっていた。



あの大きな手が誰か他の人の髪をなでるなんて。

あの広い肩に誰か他の人が顔をうずめるなんて。

あの優しい笑顔が誰か他の人に向けられるなんて。


想像するだけで、心臓に激しい痛みが走る。



「すき」

蚊のなく様な小さな小さな声で囁いてみる。


このたった二文字の言葉を、想いを認めるのにどうしてこんなにも時間がかかってしまったんだろう。

あのキャンプの日、つないでくれた手をどうして離してしまったんだろう。

嬉しくて、苦しくて仕方なかったあの気持ちを、どうして陽介に伝えなかったんだろう。


傷つく事を恐れて、自分のプライドを守ることに必死だった自分の幼さが悔しい。


この日私は、何年ぶりかに目が腫れるまで泣きじゃくった。


そしてこの時から私は、陽介の顔を正面から見れなくなり、最後にはまともに会話をする事すら出来なくなった。

ゼミがある日も極力陽介とは距離を置き、ゼミのない日は教室に寄り付かないようにした。


これ以上陽介を好きになってしまう事が怖かった。


そんな日々を過ごしている内に、就職活動が本格的に始まり、ゼミのみんなと顔を合わす回数も徐々に減って行った。












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