ヒコーキ雲に乗って
結局、20名近くがカラオケに参加する事になったが大部屋が取れず、四つの部屋に別れて歌う事になった。

夏海は全く不自然さを感じさせず、さりげなく陽介と同じ部屋にすべりこんでいた。

一方私は、皆が好きな部屋に入って行く様子を傍観し、結局一番人の少ない部屋に最後に入る事にした。


一時間程、自分の部屋で歌った後、トイレの為に席を立立った。

なぜだかカラオケに来ると、トイレが近くなるから不思議だ。



トイレから出ると、同じく用を済ませた陽介にバッタリ遭遇した。


「お!歌ってるか!?」

「ボチボチね。そっちは陽介と武のオンステージ?」

「おう。でもちょっと疲れたから、香澄一緒に外の空気吸いに行かん?」


突然の誘いに動揺を隠しきれない事がどうやら思いっきり顔に出ていたらしく、私の表情を見て陽介がこらえきれず大笑いした。

「お前、目まんまるなってんで!そんなに驚く事ちゃうやん。かわいいなお前はほんまに。」

そう言って私の頭を軽くポンポンと二回叩き、出入り口に向かって歩き出した。

躊躇しながらも、促される様にその後ろをついて行きながら、これまでの自分の恋愛を思い返していた。


今まで、どんなに年上の人と付き合っても「かわいい」という誉め言葉を貰った事は、ほとんど無かった様に思う。

それはきっと、その人達の前で私がかわいい女じゃなかったせいだろう。

「寂しい」とか「会いたい」なんて甘えた言葉を口にした事もなければ、彼氏の前で涙を流すなんて事はありえない様な女だったのだ。

それは決して強がっていたわけではなく、単にそういう感情にならなかっただけの話なのだが、男の人からすればさぞかし可愛げのない女だったに違いない。

だから、いつも別れ際に男の人に言われる事は「何考えてるかわからない。」「もっと甘えて欲しかった。」といった類の台詞だった。


そんな私が、なぜだか陽介の前では、自分でも驚くぐらいに女の子になってしまうのだ。

彼の行動や仕草や言葉に一喜一憂し、ただ手や頭に触れられるだけで全身の血が体中を駆け巡るほどドキドキする。


敵わない。

陽介にはきっと一生敵わないのだ。



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