三毛猫レクイエム。
第一章
深き、緑の視線
部屋の前にいた三毛猫は、困って固まっていた私の足元で顔を上げた。
みゃあっ
その仕草が妙に可愛く、私はそっとその三毛猫を抱き上げた。
「あ、首輪……」
よく見れば、水色の首輪にアクセサリーがついている。
「っ……」
そのアクセサリーを見て、私ははっと息を呑んだ。それは、“Cat‘s Tail”のロゴだったからだ。
もしかすると、この三毛猫の飼い主は“Cat‘s Tail”のファンなのだろうか。何気なしに裏返してみると、そこにはYOSHIと刻まれていて、携帯番号らしき数字の羅列があった。
私は辺りを見回す。誰も見てはいないし、いくらペット禁止でも一日預かるくらいは問題ないだろう。
「君、静かに出来る?」
みゃ
まるで人の言葉を理解するかのように短く鳴いた三毛猫に、私は微笑んだ。そして三毛猫を抱え上げたまま、部屋に入った。
「ただいま」
誰もいない部屋とわかっていても、そう口にするのは、あきが応えてくれるんじゃないかというありえない思いのせいだ。
一年経っても、あきが死んでしまったという事実は私にとって夢のような出来事で、靄がかかったかのような妙な距離感があった。
ひょっこり現れるんじゃないかとか、何かの間違いだったんじゃないかとか、そんなことを考えても仕方ないことはわかっている。
それでも私の中のあきの存在は色褪せることなく輝いていて、あきの声が幻聴のように耳に響いている。今では、音源でしか聴くことのできない声なのに。