蜜色トライアングル【完】
一章
1.ある晴れた日の午後
4月下旬。
ある晴れた平日の昼下がり。
ブラインドの隙間から春の陽光が差し込む中、木葉はカウンターの受付椅子に座り領収書の処理をしていた。
カウンターの上にはカルテや医療費の明細書、薬の取説などが置かれている。
カウンターの向こうには長椅子が10個ほど置かれた待合室があり、庭に向かって開かれた窓からは春の穏やかな風がレースのカーテンを揺らして吹き込んでくる。
庭塀の向うには『角倉内科医院』と書かれた看板が掲げられ、その下を年配のご婦人が杖を片手に入口の方へと歩いていくのが見える。
いつもと変わらぬ、穏やかな午後の院内の風景――――
のはずなのだが。
今、待合室は春の陽気にそぐわぬ冷たい空気で静まり返っている。
その原因は、木葉の目の前――――カウンター越しに立っているこの男だ。
「だからさぁー、君の携帯アドレス教えて欲しいんだよね~」
男は脂ぎった顔でにたりと笑い、腹の肉を揺らして木葉の顔を覗き込んだ。
木葉は困ったように愛想笑いを浮かべながら、小さい声で、しかしはっきりと言った。
「申し訳ございませんが、そういったことは……」
「別に減るものじゃないしさ~。いいじゃん」
「申し訳ございませんが、当院では従業員の個人情報を開示することは禁じております」