蜜色トライアングル【完】
木葉は落ち着いた口調で断りの常套句を口にした。
口元に笑みを張り付けつつ、この勘違い男をどうすべきか必死で考える。
桐沢木葉。23歳。
『角倉内科医院』に医療事務員として勤めるOLだ。
痩せすぎでも太りすぎでもない標準体型に、中の上と評される顔立ち。
胸のあたりで切りそろえられた、癖のない黒髪。
笑顔が可愛いとたまに言われることはあるが、特に目を引く美人というわけでもない。
角倉内科医院は東京・渋谷から電車で30分の市街地の一角、駅前の繁華街を少し入ったところにあり、駅前に近いためそれなりに来院者も多い。
特に月曜は休み明けのため来院者が多く、正直こんな男に構っている余裕はカケラもない。
女性とお近づきになりたいならキャバクラにでも行けばいいのにと思いつつ、木葉は男に医療費の明細書と領収書が載ったトレーを差し出した。
他の患者には手渡しなのだが、この男に直接何かを渡すのはどうも気が引けてしまう。
男はそれを受け取りながら、なおも言い募る。
「規則じゃダメかもしれないけどさ、キミ自身の意思で教えるならいいんだよね? メアドだけでもいいから教えてよ~」
「申し訳ございませんが、そういったご要望にはお応えできません」
木葉は『申し訳ございませんが』をひたすら繰り返した。
――――もうすぐ休憩時間になるのに厄介なのにあたってしまった。
と内心でため息をついた木葉だったが、ふいに胸元に視線を感じた。
見ると、男の目がネームプレートを追っている。