蜜色トライアングル【完】
木葉は小鉢から顔を上げ、苦笑した。
「スカウトとかじゃなくって。殺陣の方だよ」
「殺陣?」
「うん、今度武内礼司が時代物の映画に出るらしくて。その殺陣指導をお願いされたの。だから正確には芸能事務所じゃなくって、企画会社からね」
桐沢道場は道場の経営の他に、ドラマや映画の武術指導も請け負っている。
指導するのは主に父の清二だが、木葉もたまに武術指導のサポートとして撮影現場に入ることがある。
「凛花が武内礼司のファンでさ。雑用係でもいいから清二おじさんと一緒に現場に行きたいって言ってるんだけど……」
「……でも凛花ちゃん、武術とか全然できないよね……」
「だから雑用係なんだろうけどさ。木葉も行くの?」
「んー。まだお父さんから何も聞いてないよ?」
武内礼司は30歳くらいのイケメン俳優で、昨年から映画やCMに引っ張りだこでテレビで見ない日はない。
凛花は数年前から武内礼司のファンで、舞台挨拶やファンイベントにはほとんど参加している。
木葉もそれほどまでに凛花が心酔する武内礼司に興味がないことはないが、イベントに行こうとしてもなかなか都合がつかず、まだ直に見たことはない。
「今度、お父さんに聞いてみるよ」
「悪いな、無理にとは言わないから」