蜜色トライアングル【完】
「桐沢さん、かぁ~」
「……あの、患者様?」
「桐沢……桐沢……あれ、どこかで聞いたことあるような……」
男はしばし首を傾げていたが、何かに思い至ったらしく、目線を上げてニヤリと笑った。
木葉の胸に嫌な予感が広がる。
「思い出した~。三丁目の公園の角に桐沢道場ってあるよね? キミ、そこの娘さん?」
「…………」
「ビンゴか~。桐沢って珍しい苗字だよね、すぐ思い出したよ」
へへ、と気味悪い笑みを浮かべて男は続ける。
その笑顔にゾッとするものを感じ、木葉は思わず視線を逸らした。
患者相手にこんなことを思うのも不謹慎ではあるが、――――正視に耐えない。
「あの道場って土日もやってるよね、確か」
「……」
「今日は時間ないからこれで退散するけど、……桐沢道場かぁ。週末が楽しみだな~」
男は楽しげに肩を揺らしながら診察券を財布にしまった。
氷のように静まり返った待合室を、のっしのっしとまるで熊のような足取りで歩きながら出口の方へと歩いていく。
待合室にいた人間の視線を一身に集めながら、男は扉の向こうへと消えていった……。