蜜色トライアングル【完】
「佐山さん……」
木葉は箒を握りしめ、一歩後ずさった。
すぐに護身術の構えに移れるよう神経を尖らせながら、男に向き直る。
「おはようございます~。来ちゃいましたよ~」
「……えっと、あの」
「道着姿もカワイイですね~。とてもよく似合ってますよ!」
男――佐山は笑いながら、腹の肉を揺らし、一歩、また一歩と近づいてくる。
髪は相変わらず油ぎり、前で止めたシャツのボタンがキリキリと鳴っている。
「こんな朝早くから、お掃除ですか? 良い奥さんになりそうでいいですねぇ」
朝早くと言えど、もう11時だ。
決して早いわけでもない。
木葉は愛想笑いを無理やり浮かべながら、無意識のうちに一歩、また一歩と後ずさった。
どうしようと頭の中で必死に考えていた、その時。
「入門志願者か?」
道場の入り口から涼やかな声が飛ぶ。
木葉はびくっと打たれたように振り返った。
濃紺の道着を着こんだ長身の男が道場の入り口に立っている。
男は静かな所作で二人の前へと近寄ってきた。