蜜色トライアングル【完】



「お、いい匂いだな」


父、桐沢清二はダイニングに入ると目尻の皺を寄せてにこりと笑った。

先代の桐沢道場を継いで30年、壮年の域に入った父は白髪も増えてきているが、浅黒く引き締まった体は往年のままだ。

手を洗い、卓についた父の後ろから由弦がダイニングへと入ってきた。

汗ばんだ前髪をかきあげ、洗面所に向かう。

ずっと短杖を握っていたせいか、その手はうっすらと赤くなっている。


由弦は洗面所で顔を洗った後、席に着いた。

蕎麦の上の卵に気づいたらしく、目を細める。

ひとつ息をつき、木葉も席に着いた。


「冬青は?」

「兄貴なら道場の倉庫にいたけど。今に来るさ」


由弦は言い、箸を手に取った。

いただきますと言い蕎麦を食べ始める。

ダイニングテーブルは円卓で、木葉の横が清二、清二の横が冬青、冬青の横が由弦、そして由弦の横が木葉の定位置となっている。


木葉は蕎麦を一口食べた後、煮物に箸を伸ばした。

この煮物は亡くなった母が残したレシピ本の中にあったもので、特に父が気に入っているため週に一回は作っている。

出汁の効いたあっさりとした味は、いくら食べても飽きない。

やがて、入り口の方からカタンと音がした。


< 47 / 222 >

この作品をシェア

pagetop