蜜色トライアングル【完】
「お、いい匂いだな」
父、桐沢清二はダイニングに入ると目尻の皺を寄せてにこりと笑った。
先代の桐沢道場を継いで30年、壮年の域に入った父は白髪も増えてきているが、浅黒く引き締まった体は往年のままだ。
手を洗い、卓についた父の後ろから由弦がダイニングへと入ってきた。
汗ばんだ前髪をかきあげ、洗面所に向かう。
ずっと短杖を握っていたせいか、その手はうっすらと赤くなっている。
由弦は洗面所で顔を洗った後、席に着いた。
蕎麦の上の卵に気づいたらしく、目を細める。
ひとつ息をつき、木葉も席に着いた。
「冬青は?」
「兄貴なら道場の倉庫にいたけど。今に来るさ」
由弦は言い、箸を手に取った。
いただきますと言い蕎麦を食べ始める。
ダイニングテーブルは円卓で、木葉の横が清二、清二の横が冬青、冬青の横が由弦、そして由弦の横が木葉の定位置となっている。
木葉は蕎麦を一口食べた後、煮物に箸を伸ばした。
この煮物は亡くなった母が残したレシピ本の中にあったもので、特に父が気に入っているため週に一回は作っている。
出汁の効いたあっさりとした味は、いくら食べても飽きない。
やがて、入り口の方からカタンと音がした。