廻音
目をギュッと瞑り一呼吸置いてから、平静を装おう。

「來玖さん、おはよう。
もう直ぐ出来るから、お箸とかの用意お願いできる?」

カチャカチャと菜箸を動かす私の後ろからそのまま腰に腕を回され、右肩にトンと彼の顎が乗る。

「卵、綺麗に焼けてるね。いい匂い。」

何故だか私の首筋をクンクンと嗅ぎながら卵を褒める。

「廻音。箸は一膳でいいのかな?」

思わずキョトンと見返してしまう。

「だって、一膳あれば十分だろう?変わりばんこに食べさせ合えばいい。」

一瞬感じた目眩の気配。
原因は敢えて考えない。

「來玖さん、それじゃあ困るわ。ちゃんと二膳!二人分用意してね。知ってると思うけど、誰かと同じお箸は共有出来ないの。」

唾液であろうが何だろうが「廻音の細胞が付着していそうな物」は共有したいと豪語する彼には、理解に苦しむ。
同じ皿をつつく事や回し飲み程度ならば気にはしない。
しかし直接箸をくわえるという行動には抵抗がある。
バスタオルの使い回しも、割り箸じゃない飲食店も、私は無理だった。

周囲には「潔癖症」だの「面倒臭い!」だのと言われる始末。



「俺がバイ菌みたいって事?
廻音が嫌がるの知ってるから、誰よりも清潔にしてるのに。」

駄々を捏ねる子供の様な口調だ。

「來玖さんがどうって事じゃなくて…。生理的な問題なの。解って?」

諭すようにゆっくりと言葉を吐く。
グッと考え込んで、渋々と了承したように一度肩を竦め、テーブルの用意に取りかかった。
< 24 / 213 >

この作品をシェア

pagetop