廻音
「おはよう、來玖さん。今日15時に黒雅さんと約束があるんだけど、問題ないでしょ?」

朝一番、そう切り出す私に來玖さんは思い切り顔をしかめて見せた。

「問題しかないんだけど。」

シンプルでいて明確に胸の内を晒す人。
けれど私にしても、答えなど始めから判っていた。
いや、「識っていた」。

「昨日の手紙、憶えてる?
來玖さんが寝ちゃった後なんだけど、あのまま放っておくわけにもいかないし読んでみたの。
黒雅さん、お姉ちゃんになら兎も角、私に何かを伝えようとしてる。
とても大切な事を。
急な話でごめんなさい。解って欲しい。」

日常的に言うと、私は來玖さんに対して強気な方である。
それは彼の日頃の言動から「愛してくれている」という事実に甘えている証拠だ。
とても傲慢で身勝手な事さえしてしまっているかもしれない。
「愛される過ぎる」という感覚など己の中には存在せず、穴の空いたバケツの様に
次から次へと來玖さんの愛を欲してきた。
彼もまた、きちんと応え、その行動こそが正しい愛だと信じている。

けれど、それでも人間としての常識は放棄していないつもりだ。
「意識出来る範囲」だが、理不尽な我が儘はなるべく押し通したくはない。

だからこうやって正直に、素直に、話し合いもしていこうと思う。

話せば必ず理解してくれる。
來玖さんは、そういう人だ。



「へぇ。俺が隣で眠っている間に、君の脳内は別の男に乱されていたわけだ。」





たまに斜め上をいく人であったとしても。




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