金糸雀(カナリア) ー the Mule in a cage -
Prologue
 --身体中を冷たい手が這いまわっているようだ--
と、女は思った。

父の借金のカタに売られ、全てをあきらめ見知らぬ男たちに身体を差し出して以来、身体の感覚は麻痺した。
どんなに痛い思いをしても、いやらしく触られても、身体は何の反応も示さなくなった。

それなのに。

「……あ……いゃ……や……め……」

男の名前はもちろん知らない。一晩20フロンで自分を買った男の名など、全く興味がなかった。
どうせまた、欲を満たせば勝手に帰って行く、けがらわしい獣でしかない、はずだった。

それなのに。

身体の内側から冷たい手で刺激され、閉じたはずの感触がこじ開けられ、息が上がる。

知らない。こんな感覚は知らない。

背がしなり、喉をそらせて女は叫んだ。

「ああもうやめて……! これ以上……」

これ以上触られたらおかしくなってしまう……!

快楽でかすんだ女の目の端に、男の口から純白な細長い何かが伸びたのが映ったかどうか。



都の片隅に忘れ去られたその女の死体がムスル川から上がったのは、それから二日後のことだった。

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