金糸雀(カナリア) ー the Mule in a cage -
「ジャムス!」
松の一枚板で作られた、精緻な彫りを施されている扉の先は、予想を裏切ることのない、この屋敷の主のための書斎だった。
ここに来るたびにいつも思うけれど、ここだけ、ううん、このお屋敷だけ時間が止まってしまっているようだわ、とマリアは感じていた。
ジャムスだって、私が小さい時からずっと変わらないもの。白髪頭をきれいに後ろへなでつけて、執事の服に身を包んで、片メガネで……。
「これは、マリアお嬢様」
樫の木でできている主の机と比べると簡素な窓際の机で、当主宛てに送られてきた手紙を開封し、内容を確認していたらしい執事は、マリアの呼びかけに振り返ると、立ち上がり丁寧に礼をした。
「ご機嫌うるわしゅう」
「ジャムス、お前も」
この口のききかたは、先日の夜会で女主人が使っていたのを真似たものだ。頭を下げたまま、ジャムスはおや、と思ったが、姿勢を戻した時には何もなかったように普段の柔和な表情に戻る。
「私にご用でしょうか?」
「ええ。今日はお前にお願いがあって来たのよ」
マリアは、頷きながらドレスのスカートを摘まんだ。
少し言い辛いことがあると、マリアは必ず何かを握る癖がある。大抵は手に持っているハンカチがその犠牲になっていたが、今日はどこかに置き忘れて来たらしい。
「私でできることでしたら喜んで」
ジャムスは優しく先を促した。この年代の少女が、執事の自分に用があるならば、依頼の内容は見当がつく。
「ハドヴィーヴ侯爵夫人の夜会に行きたいの。ツテはないかしら?」
松の一枚板で作られた、精緻な彫りを施されている扉の先は、予想を裏切ることのない、この屋敷の主のための書斎だった。
ここに来るたびにいつも思うけれど、ここだけ、ううん、このお屋敷だけ時間が止まってしまっているようだわ、とマリアは感じていた。
ジャムスだって、私が小さい時からずっと変わらないもの。白髪頭をきれいに後ろへなでつけて、執事の服に身を包んで、片メガネで……。
「これは、マリアお嬢様」
樫の木でできている主の机と比べると簡素な窓際の机で、当主宛てに送られてきた手紙を開封し、内容を確認していたらしい執事は、マリアの呼びかけに振り返ると、立ち上がり丁寧に礼をした。
「ご機嫌うるわしゅう」
「ジャムス、お前も」
この口のききかたは、先日の夜会で女主人が使っていたのを真似たものだ。頭を下げたまま、ジャムスはおや、と思ったが、姿勢を戻した時には何もなかったように普段の柔和な表情に戻る。
「私にご用でしょうか?」
「ええ。今日はお前にお願いがあって来たのよ」
マリアは、頷きながらドレスのスカートを摘まんだ。
少し言い辛いことがあると、マリアは必ず何かを握る癖がある。大抵は手に持っているハンカチがその犠牲になっていたが、今日はどこかに置き忘れて来たらしい。
「私でできることでしたら喜んで」
ジャムスは優しく先を促した。この年代の少女が、執事の自分に用があるならば、依頼の内容は見当がつく。
「ハドヴィーヴ侯爵夫人の夜会に行きたいの。ツテはないかしら?」