金糸雀(カナリア) ー the Mule in a cage -
「ハドヴィーヴ侯爵夫人、でございますか?」
少々意外な大物の名前に、ジャムスは片メガネをしていた左目をピクリと震わせた。その拍子に、古びた、だが精緻な装飾が施されているメガネがはまっていた眼窩からカチャリと落ちる。床に落下すれば壊れてしまっただろうが、メガネは鈍い金色の鎖で胸ポケットに繋がれていたため、ちょうどジャケットの裾のあたりを空中遊泳するにとどまり、破損は免れた。
「失礼いたしました」
ジャムスは、総白髪の男にはにふさわしくない俊敏な動きで、片メガネを胸ポケットにしまう。
「そんなに驚かなくたっていいじゃないの」
マリアはバツが悪そうに言った。
「だって、ハドヴィーヴ侯爵夫人にお目にかかってみたいのよ」
「お気持ちは……わかりますが……」
ハドヴィーヴ侯爵夫人-その美貌と知性で、あらゆる男たちを虜にした貴婦人。そして……今はこの国の絶対権力者、国王ルシェル二世の、愛人。
「このお屋敷には、侯爵夫人主催の夜会の招待状が来たりするのでしょう?」
マリアは、現当主、アトウェル侯爵がどんなことをしているのか、全く知らない。というよりも、物心がついてからというもの、彼女はこの屋敷の当主に会ったことがない。だが、従兄のエミーユが毎日ボンヤリと生きていても毎日の生活に困っていないのは、父侯爵がそれなりの働きをしていて、国王から信頼されているからだろうと思っていた。
普通の貴族の姫君ではこのようなことを考えもしなかっただろうが、マリアは若干、「普通の姫君」とは違ったのだ。
「だって……お友達に言ってしまったのですもの。『お父様が侯爵夫人からご招待されたのよ』って……」
そこまで言うと、マリアはふっくらした唇を強く噛んだ。目にはうっすらと涙が浮かび上がる。
「あの子たち、私に言ったのよ!『爵位をお金で買ったのなら、夜会の招待状もお金で買うのでしょ?』って……!」
少々意外な大物の名前に、ジャムスは片メガネをしていた左目をピクリと震わせた。その拍子に、古びた、だが精緻な装飾が施されているメガネがはまっていた眼窩からカチャリと落ちる。床に落下すれば壊れてしまっただろうが、メガネは鈍い金色の鎖で胸ポケットに繋がれていたため、ちょうどジャケットの裾のあたりを空中遊泳するにとどまり、破損は免れた。
「失礼いたしました」
ジャムスは、総白髪の男にはにふさわしくない俊敏な動きで、片メガネを胸ポケットにしまう。
「そんなに驚かなくたっていいじゃないの」
マリアはバツが悪そうに言った。
「だって、ハドヴィーヴ侯爵夫人にお目にかかってみたいのよ」
「お気持ちは……わかりますが……」
ハドヴィーヴ侯爵夫人-その美貌と知性で、あらゆる男たちを虜にした貴婦人。そして……今はこの国の絶対権力者、国王ルシェル二世の、愛人。
「このお屋敷には、侯爵夫人主催の夜会の招待状が来たりするのでしょう?」
マリアは、現当主、アトウェル侯爵がどんなことをしているのか、全く知らない。というよりも、物心がついてからというもの、彼女はこの屋敷の当主に会ったことがない。だが、従兄のエミーユが毎日ボンヤリと生きていても毎日の生活に困っていないのは、父侯爵がそれなりの働きをしていて、国王から信頼されているからだろうと思っていた。
普通の貴族の姫君ではこのようなことを考えもしなかっただろうが、マリアは若干、「普通の姫君」とは違ったのだ。
「だって……お友達に言ってしまったのですもの。『お父様が侯爵夫人からご招待されたのよ』って……」
そこまで言うと、マリアはふっくらした唇を強く噛んだ。目にはうっすらと涙が浮かび上がる。
「あの子たち、私に言ったのよ!『爵位をお金で買ったのなら、夜会の招待状もお金で買うのでしょ?』って……!」