エトセトラエトセトラ
ピンクグレープフルーツ。彼女の朝ごはんは決まってそれだ。休日の朝に包丁の下ろされる気持ちの良い音で起こされることも珍しくない。ストン、ストン、と小気味良い音がドアの隙間の向こう、狭いキッチンから聞こえてきて、ああ、来てるのか、なんて考えながら体を起こす。青いタオルケットが体から滑り落ちる。小さな窓のカーテンを開けると、いつも通りの町並みが目に入る。まるでビルのように重ねられたアパート、賑やかな看板、土煙を上げて走るトラックが眼下を横切った。窓は開けないでおこう。
「おはよう」
ドアを開けて彼女に挨拶をする。寝室から出るとすぐ左手にキッチンがあって、二人掛けのダイニングテーブルとテレビがやっと置けるくらいの空間にでるのだ。1DKの狭いアパート。
おはよう、と彼女はまな板を水で濯ぎながらこちらを見ずに返した。キッチンに置かれた白い皿の上に、くし型に切られたピンクグレープフルーツがきれいに並んでいる。
特段何も気にせずにトイレで用を足してからダイニングに戻ると、テーブルの上に移されたピンクグレープフルーツの数が減っていた。あと六切れ。
彼女と向かい合う形で椅子に座る。何も言わずに目の前のその一切れを手で取って口に運んだ。酸っぱい。僕はこの果物があまり好きではない。しかし彼女がこれでないと嫌だと言うから、渋々冷蔵庫に常備している。それなのに彼女ときたら気まぐれでいつここに来るのか分からないものだから、時折冷蔵庫の中のピンクグレープフルーツが悲鳴を上げて、そんな時僕は不機嫌になりながらも腐りかけのこの果物を一人で食べるのだ。
僕が最初の一切れを齧っている間に、彼女は早々と三つめに手を伸ばす。テーブルの上には丁度窓からの光が当たっていて、その果物と彼女の白い手を照らした。ピンクグレープフルーツの、果汁がたくさん詰まった粒のひとつひとつが、それぞれ反射して光っている。きらきら。そしてそれを細く長い指で掴み、口元へ運ぶ彼女の華奢な手もまた。
更にもう一切れをぱくりと食べると、彼女は皿を僕の方へずいと押して、「あとあげる」と言ってテレビを点けた。僕は軽い溜息を吐く。何度言ったら分かってくれるのだろう。僕はこの果物があまり好きではないのだ。