‐彼と彼女の恋物語‐
伸ばした手に込められた力では絶対に彼が動くはずなどないのにそうなったのは彼の動きが止まったからだろう。
苦しそうに歪んでいた綺麗顔は驚いたように目が見開いていて数秒してやっと息を吸う音がした。
「こ、とね」
「他人面って、他人なんですから当たり前でしょう」
「ちょ、待って待って」
「家に帰ってもこないと思ったらモデルと熱愛ですか」
「………コト、聞いて」
「挙げ句の果てに自分の都合を押し付けてきて。勝手なこと、言わないでくださいっ…!」
責めているようで、距離をたもつような言葉は彼女がはじめて声を荒げたことでより強調されることになる。
彼は珍しく焦ってるらしく何かを言いたげに口を開くが言葉が纏まらないようで苛ついたように髪をくしゃっと手のひらで崩す。
その様子をすぐ近くで見つめていた彼女はこれ以上の接触は危険だと察知したようで。
「―――ご用がないなら失礼します」
と、素早い動きで背後にある扉を開けた。
「コト!」
―――どうしてこんなに近いのに、こんなに遠いのだろうか。
以前ならそう考えては彼女の様子を伺って身を引いていた彼。しかしそんなこと言ってる状況ではないのだ。
「(意地でも連れ帰ってやる)」