‐彼と彼女の恋物語‐
意見を求められることは初めてじゃない。今までにだって何度もあったこと。
しかし、彼女はそれを苦手とする。意見を言葉にするまでに気持ちの表現の仕方に悩むのだ。
彼は特に急かすわけでも呆れるわけでもなくただ静かに柔らかい瞳で見つめる。
その瞳に答えたくなる。彼には必要とされていたい、まだ。
彼女の唇が微かに震えて、開く。
「―――…イヤ、じゃないです」
「うん」
「だけど…先生は、先生だから、その…」
「いいよ、ゆっくりで。コトが言いたいことで」
「先生は…小説家の…野上敬なんです…」
「そうだね」
「だから、えっと」
言葉に詰まった彼女はテーブルの上に置いた食べかけの餃子を見つめる。
彼は“言いたいこと”を求めている。これが仕事の助けになるなら、ハウスキーパーの仕事でもある。
空気を吐き出すように、ゆっくりと呟く。
「あたしの知ってる先生として出てほしいです」