‐彼と彼女の恋物語‐
「せん……敬、さん…」
「おはよう、気分は?」
「大、丈夫です」
「嘘つくな」
時計の針が10時を示してからしばらくたった頃。連れてきたままのスウェット姿でリビングに現れた彼女。
ソファーに座ってパソコンを睨んでいた彼は明らかに体調が悪そうなのに無駄な嘘をつく彼女を強引に引き寄せる。
「んー、まだかな。計ってみようか」
「え…」
「はい手あげてー」
ごりごりとちょっと痛いくらいの勢いで体温計を彼女のわきに差し込む彼はにこにこしながら大人しくね、なんて。
「(……サディスト…)」
「やっぱ病院かな…」
「――…大丈夫です」
「…病院嫌いなの?」
「…、…………」
無言は、肯定。
彼女は物心ついたころにはとてもじゃないが親とは言えないような人間と暮らしを共にしていた。
それゆえ、例え熱を出そうが風邪をひこうが病院になんか連れていってもらったことはない。彼女にとってはそれが当たり前だったのだ。
だから、唯一の記憶に残るそれは、ひとりの女と化していた母が目の前自殺をした後に連れていかれた精神病院だけ。
彼女にとって病院とは少なくとも近寄りたくないものだ。